名古屋地方裁判所 昭和42年(ワ)2603号 判決 1968年8月09日
原告
木野村和子
代理人
伊藤宏行
ほか二名
被告
丸高株式会社
代表者
西岡操
被告
野牧通昌
被告ら代理人
水谷省三
主文
一、被告野牧通昌は、原告に対し六九一、一九〇円およびこれに対する昭和四二年九月二二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を払え。
二、原告の被告野牧運昌に対するその余の請求および被告丸高商事株式会社に対する請求を棄却する。
三、訴訟費用中、原告と被告丸高株式会社の間に生じたものは原告の負担とし、原告と被告野牧通昌との間に生じたものは一〇分しその九を原告、その余を被告野牧通昌の各負担とする。
四、この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の求める裁判
一、原告訴訟代理人は、「被告らは連帯して、原告に対し六、六四七、五四八円およびこれに対する昭和四二年九月二二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。
二、被告ら訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二、原告の主張
一、原告は昭和四一年六月一七日午前一時一五分頃、被告会社が所有し、被告野牧が運転する貨物自動車に同乗していたところ、右自動車は名古屋市瑞穂通り八丁目一番地先路上で、止れの信号に従い停車していた岡本勘市運転の普通乗用車に追突した。
二、右事故により、原告は胸骨々折、前胸部挫傷、下顎部散在性切創、上顎口腔粘膜挫傷、両膝蓋部擦過傷を受け、顔面左眉毛上部に一センチメートル、右頬部に一センチメートル、?部に二センチメートル、左下顎部に二センチメートル、上口唇に0.5センチメートルの瘢痕およびケロイド、左肩胛部から前腕にかけて外傷性神経症を残している。
三、被告会社は従業員である被告野牧に本件自動車を貸与し、運転せしめているものであるから、自動車損害賠償保障法三条に基き、被告野牧は飲酒のため注意散漫の状態で、前方を注視すべき義務を怠り、時速八〇キロメートルの速度で自動車を運転した過失により本件事故を惹起したものであるから民法七〇九条に基き、それぞれ原告の蒙つた損害を賠償すべき義務がある。
四、損害
(一) 得べかりし利益 四〇〇万円
原告は飲食店を経営し、一ケ月平均一五〇、三六四円の利益を得ていた。ところが本件事故による外傷性神経症(労働障害等級八級)のため、原告は軽業しか行うことができず、昭和四二年一月末に右営業を廃業した。
原告の労働能力喪失率は四五パーセントで、一ケ月の喪失金額は六七、七六三円であり、その年令は事故当時二二才で、右業種では今後二五年は就労可能であるから、右期間の得べかりし利益を、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除し現在の価格に引直すと一二、九六五、一二七円となる。原告は右のうち四〇〇万円の賠償を求める。
(二) 休業補償
一、〇五二、五四八円
昭和四一年六月一七日から昭和四二年一月一五日まで七ケ月間、一ケ月一五〇、三六四円の割合による休業損。
(三) 慰藉料 一五〇万円
(四) 雑費 九五、〇〇〇円
(イ)付添費 四五、〇〇〇円
一日一、五〇〇円の割合による三〇日分
(ロ)交通費 五〇、〇〇〇円
三、よつて原告は被告らに対し、右合計六、六四七、五四八円およびこれに対する本訴状送達の翌日である昭和四二年九月二二日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
六、被告ら主張の金員の支払を受けたことは認める。
第三、被告らの主張
一、原告主張の日時場所において、本件追突事故が被告野牧の飲酒運転、前方不注視の過失に基き、発生したことを認め、原告その余の主張を全て争う。
二、本件事故当生に至る経緯は次のとおりであり、本件事故当時の運行について、被告会社はその利益も支配もなかつたから、責任がない。また、被告野牧が運転を誤つたのは、飲酒のためであり、その飲酒もさらには飲酒の上の運転も原告がすすめてさせたものであるから、本件事故発生の原因を原告は自ら与え、危険を選択したものというべく、原告は被告野牧にその責任を追及することはできない。
(1) 被告野牧は、昭和四一年三月郷里の長野県長姫高校を卒業後、同年四月被告会社に就職したもので、本件事故当時まだ名古屋付近の地理に不案内であつた。被告野牧は名古屋市瑞穂区神前町一丁目一四番地所在の被告会社寮に起居し、同寮から勤務場所である同市瑞穂通五丁目七番地の被告会社石油販売所までの通勤に、被告会社所有の本件自動車の使用を許されていた。
(2) 被告野牧は、原告経営の「明石」へ度々食事をしに通つていたが、本件事故当夜、午後八時半ごろ、右車を運転して夕食のため「明石」に行きビール一本を飲んだ。そして食事をしていた時、同僚の五藤勉が女友達と同店に来たので、原告も加わり四人でビールを飲んだ。午後一一時ごろ被告ら三名が被告野牧運転の自動車に乗り帰宅しようとしていると、原告も出て来て、一緒に乗ることになり、最初に被告野牧、次に原告(運軽免許なし)、更に被告野牧が運転していたとき本件事故が発生した。ちなみに、原告が本件自動車を運転したのは、被告野牧らに、原告が酒をおごる店をさがすためであり、原告はその知合いの店に運転して行き、そこで原、被告ともどもビールを飲み、さらにしばらく原告が運転をしたのであつた。
三、被告らは、次のとおり被害金の補償をしている。
(イ)生活費補償 一五万円
(ロ)治療費 一九三、〇五九円
第四、証拠<略>
理由
一、原告主張の日時場所において、原告主張の事故が被告野牧の飲酒、前方不注視運転により発生したことは、当事者間に争いがない。そして、証人五藤勉の証言並びに原告および被告野牧通昌各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、本件事故発生に至るまでの経緯について次の事実が認められる。
(1) 被告野牧は、昭和四一年三月二七日から被告会社に勤務し、被告会社寮に住み、そこから本件自動車(被告会社所有)に乗り通勤することを被告会社から許されていたが、右自動車を私用に使うことも時々あつた。
(2) 昭和四一年六月一六日午後八時半頃、被告野牧は、本件自動車に乗り「明石」へ行き、食事をしていたところ、同僚である五藤勉が女友達と同店へ来たので、原告もまじえて四名でビール約一〇本を飲んだ。その後午後一一時ごろになつて、原告、被告野牧、五藤勉は更に場所を変えて飲酒することとなり、原告は店を締め(通常「明石」は午前二時頃まで営業していた)、五藤の女友達と共に本件自動車(乗車定員二名)に乗り、被告野牧がこれを運転して、女友達を家(恵方町)へ送つた。
(3) 次いで原告が知つている店で酒をおごるといい、本件自動車を運転免許がないのに運転し、名古屋市内今池付近まで来て原告知り合いの店に行き前記三名でビール三本位を飲み、五藤をアパートへ送り、そこからは、被告野牧が運転して一旦原告の店へ帰り、その後も引続いて原告を同乗させ、岐阜方面へ向い運転中本件事故が発生した。
(4) 本件事故当時、被告野牧はまだ名古屋付近の地理にうとく、右のように原告と岐阜方面へ赴くべく運転した際も、方向を全く間違え、原告に指摘されて始めて、その誤りに気がつく状況であつた。
以上の事実に基き、被告会社の自動車損害賠償保障法三条に定める責任の有無を検討する。右規定により損害賠償責任を負うべきものは、自動車の所有者その他自動車を使用する権利を有する者で、自己のために自動車を運行の用に供する地位にあることを要するが、そうした地位にあるか否かは具体的に事故が発生した時の諸般の状況を斟酌して定められるべきものである。
そこで、本件事故発生時の被告会社の地位につき、検討すると、被告会社が本件自動車を所有し、被告野牧がこれを被告会社のため管理していたことは当事者間に争いのないところであるが、その管理は、前認定のように被告会社の業務および被告野牧の通勤のためにする範囲に限られていたのであり、被告野牧が被告会社の業務と全く関係のない飲食店の女性である原告を同乗させ、被告野牧および原告の娯楽のため本件自動車を運転した行為が被告会社のためにする運行でないことは明らかである。そして本件事故当時の本件自動車の運行が右のように被告会社の運行支配および運行利益を逸脱したものであることは、原告から見ても、遅くとも原告が被告野牧と酒を飲みに行くため同乗した段階でこれを知り、少くとも承知し得べき事情にあつたことは明らかである。してみると、原告は被告会社に対し、自動車損害賠償保障法三条に基く損害賠償請求権を有しないものというべきである。
次に被告野牧に対する請求について考える。先に認定した事情のもとにおいては、遅くとも原告が無免許運転を始めた段階において、原告は被告野牧と共に、自己のために本件自動車を運行するものと評価されるのが相当であるが、だからと言つて被告野牧が原告に対し不法行為責任を免れるべき積極的な理由を見出しえない。被告訴訟代理人は、原告野牧に飲酒をすすめ、酩酊運転を黙過した事実をとらえて、原告自ら危険を選択したものと主張するが、前掲各証拠によれば、(1)被告野牧は事故当夜の本件事故発生に至るまでの自己および原告らの行動を記憶しており、飲酒の上運転が危険だとは感じていたが運転ができないほど酔つてはいなかつたこと、(2)事故発生後もいわゆる酩酊運転としては、警察官から取調べられていないこと、(3)原告としても被告野牧が本件事故を起すほど酔つていることに気付いていなかつたし、敢えて酩酊運転を促すような行動を取つていないこと、などの事実が認められ、以上の事実を総合すると、原告において本件事故発生の危険を承認したとまで認めることはできない。従つてこの点に関する被告らの主張は採用することはできない。
しかしながら、以上に認定した諸事実を総合すると、原告自ら被告野牧が事故発生の危険のある飲酒運転をするについて、自から参加して被告野牧に飲酒せしめ、その運転する自動車に同乗した点は見逃すことはできず、事故発生の危険を高めたものとして、これらの一連の原告の行動は過失相殺の対象となしうるものとするのが相当である。
二<証拠>を総合すると、原告が本件事故により蒙つた傷害については、次の事実が認められる。
(1) 原告は本件事故により顔面、頸部のガラス片による散在性切創、上顎口腔粘膜挫創、両膝蓋部擦通傷、胸骨々折兼前胸部挫傷の傷害を受け、昭和四一年六月一七日から同年八月一七日まで新瑞外科産婦人科医院に入院、その後同年一〇月一八日まで同院に通院して治療を受けた。
(2) 右傷害により、原告は顔面左眉毛上部に一センチメートル、右頬部に一センチメートル、?部に約三センチメートル、左下顎部に約二センチメートル、上口唇に約五ミリメートルの瘢痕およびケロイドを残し、左肩胛部から前腕にかけて外傷性の神経痛を残し、そのため、出前をするのに重い物が持てず、余り手を使うと手が痛くなるなどの状況である。
三損害
(一) <証拠>によれば、原告は本件事故により、次のとおり財産的損害を蒙つたことが認められる。
(1) 治療費 一九三、〇五九円
(2) 休業による損失
原告経営の「明石」の売上げは、一ケ月三〇万円程であり、そのうち約三分の一は材料仕入費にまわり、その外経常経費として毎月約一〇万円を要し、その純益は一ケ月一〇万円程度あつた。ところで前項において認定した原告の治療の経過を見ると、原告は本件事故による受傷の治療を要した四ケ月間は全く休業せざるを得なかつたことが認られるから、右期間の原告の休業による損失は四〇万円と認められる。
(3) 得べかりし利益
原告は板前一人を雇つて経営していたものであり、これに先に認定した後遺症が店の経営に与える影響(出前をするのに不便であり、店の仕事を長時間できないこと)を考えると、右後遺症が原告の収入に及ぼす影響は従前の収入の二割であり、その期間は三年間であるとするのが相当である。そこで右減収分をホフマン式計算法により、年五分の割合による中間利息を控除して、原告請求の遅延利息起算日以前である昭和四一年一〇月当時の価額に引直すと六五五、四四〇円となる。
(4) 雑費
(イ)付添費 二〇、〇〇〇円
原告が本件傷害治療のため付添を要した期間は二〇日間であり、その間は原告の母が付添い、一日少くとも一、〇〇〇円の費用を要した。
(ロ)交通費
全く立証がなく、これを認めることができない。
(5) 以上合計一、二六八、四九九円は原告が本件事故により蒙つた財産的損害であるが、先に述べた原告にも本件事故発生につき、原因を与えている点を考えると、そのうち六三四、二四九円に限り被告に対し賠償を求めうるとするのが相当である。
(二) 慰藉料
これまで認定して来た原告の受傷の程度、治療経過、後遺症本件事故発生に至るまでの事情など諸般の事情を考慮すると、原告は被告野牧に対し、四〇万円の慰藉料を請求しうるものと定めるのが相当である。
(三) 損益相殺
原告が被告らから、三四三、〇五九円の填補を受けていることは当事者間に争いがない。そこで前記の原告が被告に対し賠償を求めうる金員合計一、〇三四、二四九円から右既払額を差引くと、原告は被告野牧に対しなお六九一、一九〇円の賠償を求めうることとなる。
四以上述べて来たところによれば、原告は被告野牧に対し六九一、一九〇円およびこれに対する本訴状送達の翌日である昭和四二年九月二二日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めうべく、右の範囲で原告の請求は理由があるからこれを認容することとし、被告野牧に対するその余の請求および被告会社に対する請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。(西川正世 渡辺公雄 磯部有宏)